2013年2月24日日曜日

隅田川:新大橋-清洲橋-墨田川大橋-中央大橋-佃大橋-勝鬨橋の散策

午後4時都営新宿線森下まで来ました。


墨田川”新大橋”です。最初の橋は1693年に5代将軍綱吉によって架けられたそうです。この橋より1つ上流の両国橋は当時”大橋”と呼ばれていたのでこの名前がついたそうです。このまま両国、蔵前と上流へ進めば浅草の吾妻橋にたどり着きますが、今日は墨田川を河口に向かって下ります。

江東区常盤1-1

そう、ここは奥の細道のスタート地点。正確にはここから50mほど離れた江東区常盤1-3の芭蕉稲荷神社が芭蕉庵ですが、芭蕉はここから千住まで船に乗るので、この散策ではここをスタート地点とさせていただきます。(芭蕉稲荷神社に寄るのを忘れました。)

「草の戸も住み替はる代ぞ雛の家」1689年5月16日、東北・北陸を経て大垣までの旅を始めたのでした。新大橋が架かる4年前のことです。

ゴールの大垣で詠んだ「蛤のふたみにわかれ行く秋ぞ」の”ふたみ”とは伊勢の”二見”のこと。この後伊勢参りをしたあと生誕の地に旅したので、本当のゴールは今年1月の関西本線の伊賀上野です。
”いがこうづけ”ではありません。(参照:http://hi-centigrade.blogspot.jp/2013/01/blog-post.html


芭蕉庵の背後にそびえ立つ東京スカイツリー(芭蕉像の後ろの建物裏あたりに芭蕉庵があったといわれる芭蕉稲荷神社があります。)


芭蕉が、”奥羽長途の行脚只かりそめに思ひたちて”、わざわざやってきた奥羽本線周辺では、「逆だろう?」といわんばかりに駅の広告がこればかりでした。おかげさまで25周年。みんなスカイツリーのそびえ立つTYOの行きたいのです。


おくの細道とは逆に進んで初めての橋は清洲橋です。

芭蕉が旅立ってから87年後の1776年、平賀源内がここで電気実験にいそしんでいました。

墨田川大橋をくぐる水上バス。松本零士氏プロデュース「ヒミコ」です。

お台場から浅草まで行きます。スカイツリーがイスカンダルのようです。卑弥呼といえばヤマトですが、スカイツリーの高さは634m(ムサシ)です。戦艦大和と武蔵は同型艦なので、スカイツリー=ムサシ=ヤマト=ヒミコということなのでしょうか?どちらにせよ奥羽本線周辺ではTYO=武蔵の国=ヤマト(日本)の首都です。松本零士氏をインスパイアした宮沢賢治のIGRいわて銀河鉄道はおくの細道のさらに奥です。おくの細道のさらに奥...新たな課題が課せられました。

つづいては永代橋。どんどん隅田川を下りましょう。

リベットがいっぱいです。大正ロマンあふれる帝都を彷彿させます。

夕日に映える中央大橋です。佃島を結びます。

佃大橋。昭和39年の完成です。

佃大橋ができるまでは船で渡っていたそうです。

住吉神社の新宮神輿。関東ではめずらしい八角神輿です。

勝鬨橋が見えてきました。ついに河口です。TYOタワーが見えます。

背後には佃大橋。中央大橋の橋塔もライトアップされています。武蔵スカイツリーと江戸タワーの両方を見る絶好のポイントです。

夕暮れの勝鬨橋。いつ見てもきれいです。

リベットがいっぱい我らが帝都の勝鬨橋を渡りましょう。

中央大橋と永代橋がきれいです。

跳開部分。今はもう開きません。

築地に渡り終えました。

日比線築地駅より帰ります。

隅田川・新大橋-清洲橋-墨田川大橋-中央大橋-佃大橋-勝鬨橋の散策終わり。



2013年2月17日日曜日

両毛線・日光線・足尾の旅(2)

通洞駅です。


ベンチには防寒対策が施されています。



駅前の様子。タクシーは暇そうです。


足尾の町。誰もいません。


足尾銅山観光へ到着。
休日にもかかわらずここも誰もいません。


世界遺産登録を目指しているそうです。


トロッコに乗るのは自分1人です。
千葉の鋸山以上に寂れています。


貸切状態と思ったら。
3人組みが駆け込み乗車してきましたがそれでも4人です。


先頭のアプト式機関車を切り離し、惰性で坑道へ進みます。
なかなか本格的です。


坑道内を進むトロッコ。
エキサイティングです。これを楽しみにきました。


と思ったら、100m程で終点です。
「もう終わり?」という感じですこしテンションが下がってしまいました。


ここからは徒歩で見学です。


江戸時代の手堀り採鉱。
ボタンを押すと人形がしゃべりながら動きます。


明治・大正時代。
削岩機の導入です。


昭和になって電気点火式のダイナマイトになり、
遠隔から操作で安全性と効率が高まりました。


昭和40年代。不景気な話をしながらの食事です。
このあと閉山となりました。


坑道を過ぎるとトロッコ機関車の展示です。


足尾で採掘された鉱物の展示。


20Kgの銅の延べ棒


寛永通宝の展示館です。


足尾で造幣されたものは、
裏の「足」の文字があることから足字銭と呼ばれたそうです。
寛永通宝一枚が一文(8.5円)です。早起きすると25.5円得するということです。


1両(小判一枚)が4000文です。
これが最大硬貨の10両(大判1枚)だと40000文で36年半早起きが必要です。


銅いたしまして


足尾銅山観光以外どこもやっていませんが、
1件だけラーメン屋がやっていました。
もう5時、兎に角お腹が空きましたので入りましょう。


超オーソドックスな昭和の味です。


下野新聞です。栃木の高齢化の問題などが1面です。


お腹もふくれました。渡良瀬川に下りて見ましょう。


空もすこし夕暮れてきました。


駅に戻ってきました。桐生からイルミネーションめぐりで全線を往復するイベントがあります。


駅を後にしてバス停に向かいます。


誰もいない山の中で一人バスを待ちます。


日光行きのバスを貸しきり状態です。
国道122号「日足トンネル」で細尾峠を越えます。


日光駅に到着。
気品があふれています。


日光線107系。
両毛線に継ぎ本日2度目の107系です。


ねむり猫に華厳の滝です。


ドアは手で開けます。


日光線107系は3月16日のダイヤ改正ですべて205系に置き換わるので、
これが乗り納めかもしれません。
(日光駅の張り紙でさっき知ったばかりです。今日来てよかったです。)


宇都宮に到着。


両毛の下野(下毛野:しもつけの)から上野(上毛野:こうづけの)にいくのではなく、
東京の上野(うえの)行きで大宮まで帰ります。
こんなところで上野違いです。「うえの」を「こうづけ」と読んでしまいました。


107系三昧、渡良瀬渓谷、足尾銅山ととても充実した旅でした。


両毛線・日光線・足尾の旅終わり。